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デ・ジ・キャラットにょは本当に失敗だったのか?

でじこをキティちゃんにするという壮大な野望


デ・ジ・キャラットは1998年にゲーマーズのマスコットとして誕生し、オタクたちの間で伝説的なブームを巻き起こした作品・キャラクターです。

そのブームの勢いはすさまじく、映画デビューしたり、横浜アリーナでのライブを開催 (当時の声優ライブとしてはありえない規模。) したり、少年チャンピオンの読者投稿ページを担当したり、当時ブロッコリーがスポンサーについていた湘南ベルマーレのマスコットにでじこが就任してベルマーレの練習着にでじこのイラストがついたり、偉い学者がでじこのブームを見て「データベース消費論」を発表したり、でじことうさだとぴよこを足して4で割ったようなデザインの二次元アイドルが登場しバーチャルネットアイドルがブームになったり……と、多方面に今に続く影響を与えました。
そして、その大ブームに気をよくしたブロッコリーの木谷社長は何を思ったのか「でじこを秋葉原発のキティちゃんのような国民的キャラクターにする」という壮大な野望を掲げ、目の大きさに定評のある少女漫画雑誌「ちゃお」と、ベイブレードで00年代前半に玩具業界TOPに躍り出てブロッコリーの親会社にもなっていた「タカラ」とタッグを組みちびっ子アニメ界に殴り込み
テレビ東京系でお子達向けのリメイク版デ・ジ・キャラットとして、日曜朝9時30分から「デ・ジ・キャラットにょ」を放送しました。
結果は……大爆死でした。

ゆとりキッズのしょうたは2003年ごろのオタク事情には疎いのですが、当時のネットを見るとでじこの地球での居候先がゲーマーズ秋葉原店からまねきねこ商店街になるなどの設定変更がオタクに嫌われたようです。
設定変更に追い打ちをかけるかのように、放送局がTBSからテレ東に移ったことに伴いミナタク・ムラタク・ロドやんなどの旧作のアニメオリジナルの人気キャラを使えなくなってしまい、代わりとしてやすし・きよし・ロドPなど既視感があるにも関わらず立ち位置が微妙に異なる新キャラが多数登場してさらなる混乱も招きました。

また、にょがメインターゲットにした子供向けの商品展開もゴムダンステッピ― (現代風ごむとび、) のような、どう遊べばいいかわからない王道を外したもので、まったく売れず即ワゴン行きに……。
当時のタカラはベイブレードの成功に気をよくして、おはじきやメンコなど昔のあそびを現代風にアレンジした玩具を流行らせようとしては失敗することを繰り返していたので、その流れでごむとびが選ばれたのかもしれません。

この失敗がもとでブロッコリーは3億円の債務超過に陥って木谷社長はブロッコリーから追放され、ベイブレード失速やQ-car (公道を走行可能なチョロQ。月に数台しか売れなかったという。) のせいで経営が悪化していたタカラへのとどめの一撃にもなってしまうという最悪の結末を迎え、今でもデ・ジ・キャラットとGoogleで検索するとサジェストに「デ・ジ・キャラットにょ 失敗」と表示されるレベルの黒歴史として語り継がれています。

デ・ジ・キャラットにょが子供たちの萌え絵の意識を変えた

でも、しょうたは言いたい。「デ・ジ・キャラットにょ」は長い目で見れば失敗ではなかったと。

にょ放送当時はまだ「萌え」や「オタク」への偏見が非常に強く、おたく狩りなども当たり前に行われていた時代でした。
同時期放送のアニカビでのオタキングの描かれ方などはその典型でしょう。

しかし、デ・ジ・キャラットにょで少女漫画でコーディングされたアキバ発の純度100%の萌えキャラクターに触れたことで、子供たちは当時まだ偏見が強かった「萌え」をそれとは知らずに受け入れ成長し、その後もハルヒ、リトバスなどの萌え系アニメを抵抗なく見るようになりました。その中には木谷社長がブロッコリー追放後に手掛けたミルキィホームズもあったことでしょう。
でじにょがオタクや萌えへの偏見をなくしたのです。

そしてさらに時は流れ……。
先日の「令和のデ・ジ・キャラット」制作記念のYoutubeライブ配信に駆け付けたファンには、ワンダフル版を見ていたお兄さん方に交じってにょ世代のお子達も多くいました。
デ・ジ・キャラットにょを見て育った子供たちは、令和の世になって立派なオタクとしてゲーマーズ秋葉原店の前に戻ってきたのです。

でじこをハローキティにするという木谷社長の夢は社長自身の会社からの追放という悪夢で終わりました。
しかし、デ・ジ・キャラットにょに触れたことで萌えキャラクターに抵抗感を感じない世代が登場し、いつしか若者の間でのアニメへの偏見は消え失せ、今や萌えアニメもバラエティー番組で取り上げられるほどの市民権を確保しています。
秋葉原発のキャラクターやオタク文化が国民の間で受け入れられるという、でじこやデ・ジ・キャラットにょに託された願いは十数年の年月を経て実ったようです。